アップルカーは走るコンピュータか?自動車の常識を覆す可能性

テクノロジー

ここ最近、アップルカー(Apple Car)の話題が沸騰しており、近いうちに発売されるのではないかという観測もされています。

アップルカーは、IT大手アップルが作る電気自動車(EV)であり、製造は他のメーカーに委託する予定のようです。
電気自動車(EV)自体は、物珍しいものではなく、世界各国で開発競争が激化しており、アップルが必ずしも優位に立てる状況ではないと思われます。

一方で、アップルカーの優位性は、自動運転にあるという見方もされています。自動運転は、ソフトウェアとハードウェアの各種の技術を組み合わせた非常に高度な機能です。特に画像認識分野でのAI(人工知能)技術が鍵となってきます。

アメリカ・シリコンバレーに本社を置き、優秀なエンジニアに事欠かないアップルであれば、自動運転の開発も第一線で進められることでしょう。

ここまでは一般論ですが、ところで、筆者は個人的には、アップルカーの脅威は、EV(電気自動車)でもなく自動運転でもなく、「走るコンピュータ」ではないかと考えています。つまり、電動化した、あるいは自動化した「自動車」ではなく、コンピュータに動力とタイヤがついて走れるようになるのです。もう少し、具体的に述べると、iPhoneが車サイズになって人を乗せて走るようになる感じでしょうか。

筆者は実際にアップルを取材したわけではありませんので、あくまでも独断と偏見ではありますが、アップルカーが目指すところを予測してみたいと思います。

iPhoneは電話ではなく「コンピュータ」だった

さて、ここで、アップルの主力商品であるiPhoneに、話をいったん移します。

スマートフォンとして大人気の「iPhone」ですが、初代のiPhoneは2007年6月にアメリカで発売され、日本では、iPhone 3Gが2008年7月にソフトバンクから発売されました。

2008年といえば、折り畳み式等の携帯電話(ガラケー)の全盛期であり、一部のアーリーアダプターがiPhoneに飛びついたものの、全体的には、まだまだ様子見というムードでした。
それから、iPhoneはソフトバンクだけでなく、KDDI、NTTドコモも取り扱うようになります。

2010年頃、筆者はキャリアの法人モバイル部門に所属し、法人向けにスマートフォンを販売するSE業務に携わっていました。あるとき、iPhoneに関する社内説明会が開かれ、アップルから説明を受けることになったのですが、今までの携帯電話の売り方とは全く違うことに違和感を感じました。

日本の従来の携帯電話では「写メール」とか「着うた」とかユーザーが楽しめることを全面に出してアピールするのが通常でしたが、アップル社の説明は、CPUコアがすごいとか、洗練された筐体デザインであるとか、ハードウェアの性能をアピールするものでした。

そして、最も印象的な言葉が「iPhoneはコンピュータです」というものでした。つまり、携帯電話ではなく、電話機能つきのコンピュータなのです。今までも、持ち運べるコンピュータとしてノートブックがありましたが、今度は、手のひらサイズのコンピュータが出来たという感じです。

正直「こんなものが売れるのか?」という思いはありましたが、不思議なことに、アップルは個人向けに営業活動をほぼ行っていないにもかかわらず、爆発的な勢いで販売台数が伸びていきました。そして、大勢の個人が持つようになると、企業の意思決定者の関心も高くなり、法人向けにも販売台数が伸びていきました。

そして、2020年の国内携帯電話のメーカー別シェアは、総出荷台数シェアで1位Apple:43.1%と圧倒的です。

【出典】MM総研:2020年(暦年)国内携帯電話端末の出荷台数調査

ちなみに、2020年の世界でのメーカー別シェアは、1位Samsung:18.8%、2位Apple:14.8%という状況であり、日本でのAppleの使用率が飛び抜けています。
そうなった理由にはいろいろありそうですが、iPhoneはシンプルで使いやすく、販売店の店員も顧客に説明しやすかったという点や、アップルがキャリアに最低販売台数のノルマを課したため、キャリアは何としてでも売ろうとキャンペーンを開催したという点があると思われます。

いずれにしても、サイトを見ただけでは、どう便利なのかよくわからないような携帯端末が、これだけ売れたというのは驚異的なことです。

【参考】iPhoneサイト

iPhoneが自動車に生まれ変わる?

iPhoneの話を長くしてしまいましたが、その理由は、かつての携帯電話と同じことが自動車にも起ころうとしているのはないかと思えるからです。

アップルといえば、もともとは「Machintosh」で有名であり、コンピュータを設計・販売していた会社です。それは今も変わっておらず、「カッコいいコンピュータ」を作ろうとしているように思えます。

そんなアップルだからこそ、作りたいのは「IT化した自動車」ではなく、「走るコンピュータ」ではないかと思うのです(ここからは、あくまでも個人的な予想ですが)。

「IT化した自動車」と「走るコンピュータ」は、そもそも、設計思想が最初からまったく異なります。

「IT化した自動車」は、まず自動車という基本形があって、そこに、カーナビ、ドライブレコーダー、音楽、Wi-Fiといろいろな機能がついて、さらに、自動運転や各種センサーなどハイテク機能が付加されるイメージです。最近、流行りの用語である「CASE」(Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化))も、どちらかというと、自動車がまずあって、それが互いにつながり自動化されていく感じでしょう。
既存の自動車会社が目指しているものです。

一方、「走るコンピュータ」は、まず、上記のようなハイテク機能を実現するコンピュータが基本としてあって、そこに外装とモーターとタイヤなどが付加されて走れるようになるイメージです。もっとわかりやすく言うと、今のiPhoneが自動車に生まれ変わるような感じでしょうか。

今では当たり前になりつつある、カーナビやドライブレコーダーは、今までの自動車にとっては、いちおうオプションという扱いですが、走るコンピュータにとっては、当たり前の機能となります。

iPhoneが携帯電話の延長ではなく「スマートフォン」という新しいデバイスであったように、アップルカーは、自動車の延長ではなく「スマートカー(仮称)」という新しい製品になりそうな気がします。

App Storeを持つアップルの優位性

iPhoneとアップルカーを同列に比べてみましたが、携帯電話と違って、自動車には安全性や快適性で多くの技術の蓄積があり、アップルカーはそう簡単に開発できないという声も聞こえてきそうです。

確かに、人の命を乗せて走る自動車は、何よりもまず安全であり、また快適でなければならず、技術的なハードルは高いでしょう。多くの顧客の声と走行データを反映させて作り上げてきた現在の自動車のいろいろなこだわりは、アップルがいくら莫大な投資をしてもそう簡単に実現できるものではないかもしれません。

ただ、多くの人々にとって、自動車は移動手段です。一部の自動車好きや高所得層を除けば、一般的な安全性と快適性が保証されるのであれば、自動車自体に大きなこだわりはないでしょう。
一般的な安全性や快適性にかかわるハードウェア部分は、既存の自動車会社と組むことによってクリアできるものと思われます。

一方、トヨタがソフトウェアエンジニアを増やしているように、自動車開発に占めるソフトウェアの割合が高まっています。自動運転や、多様なセンサーを利用した制御は、高度なソフトウェア技術であり、シリコンバレーに本社があるアップルは有利な立場です。

そして、最もアップルに優位性があると思われるのは、iPhoneアプリの開発言語であるSwiftをオープンソース化し、App Storeという巨大なアプリプラットフォームを作りあげた経験があることです。

もし、自動車のソフトウェアの開発言語がオープンソース化され、誰でも簡単に開発できるようになったら、ソフトウェア開発に参入する企業・個人が次々と現れるでしょう。

もちろん、自動車は安全第一であり走行に関する部分は高度な信頼性やセキュリティが要求されますが、このあたりは、既存のiPhoneが実現したきたことです。すなわち、システムに関わるインタフェースは一般開発ユーザーは触ることができませんし、開発したアプリはすべてアップルが審査したうえで公開されます。

このように自動車アプリのプラットフォームができると、今まで仕組みを作りあげ運用してきたアップルは非常に有利であると思います。
スマートフォンのアプリプラットフォームが、AndroidのGoogle Playと、iOSのApp Storeの2つでほぼ寡占状態であるように、自動車アプリのプラットフォームは、1つか2つに収斂されそうです。そうなると、既存の多くの自動車会社は現在の立場と売上を失ってしまうかもしれません。

何が起きてもおかしくない

ここまでのことは、あくまでも筆者の独断と偏見の予想であり、そうならない可能性も十分にありますが、逆にまったく異なる未来になる可能性もあります。
アップルカーの出現をきっかけとして、今までの自動車の概念が覆されていく可能性があることを、念頭に置いておいたほうが良い気はしています。

日本では、2018年時点で、全製造業の製造品出荷額等に占める自動車製造業の割合は18.8%、自動車関連産業の就業人口は542万人(全就業人口の約8%)にのぼりますので、自動車産業で地位を失う影響は非常に大きいです。

でも、日本もここで変化の波に乗れるなら、新たなプレーヤーとしての地位を築いていくことができるでしょう。
消費者としても、イノベーションが起きれば、生活はさらに豊かになりますし、良いことも待っている気がします。

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